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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)3720号 判決

原告 大木達雄

右訴訟代理人弁護士 大島淑司

被告 橋本信勇喜

同 関貴美江

右両名訴訟代理人弁護士 池田眞規

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告橋本信勇喜は、原告から一〇万八〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し別紙物件目録(一)記載の建物を明渡し、かつ昭和五一年四月一日から右明渡済みまで一か月一万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  被告関貴美江は、原告から一一万四〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し別紙物件目録(二)記載の建物を明渡し、かつ昭和五一年四月一日から右明渡済みまで一か月一万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告両名

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四七年一一月一日、被告橋本信勇喜(以下被告橋本という)に対し、別紙物件目録(一)記載の建物(以下本件(一)建物という)を左記約定により賃貸し(以下本件甲賃貸借契約という)、引渡した。

(一) 賃料 一か月一万八〇〇〇円

(二) 期間 昭和五一年三月三一日まで(契約締結日から三年五か月間)

(三) 特約 賃借人は期間満了と同時に建物を明渡し、賃貸人は右明渡と引換えに賃料の六か月分相当(一〇万八〇〇〇円)の立退料を賃借人に支払う。

2  原告は前同日、訴外関孝(以下訴外関という)に対し、別紙物件目録(二)記載の建物(以下本件(二)建物という)を左記約定により賃貸し(以下本件乙賃貸借契約という)、引渡した。

(一) 賃料 一か月一万九〇〇〇円

(二) 期間 昭和五一年三月三一日まで(契約締結日から三年五か月間)

(三) 特約 賃借人は期間満了と同時に建物を明渡し、賃貸人は右明渡と引換えに賃料の六か月分相当(一一万四〇〇〇円)の立退料を賃借人に支払う

3  訴外関は本件乙賃貸借期間中に死亡し、同人の妻であった被告関貴美江(以下被告関という)が、本件(二)建物の賃借人たる地位を承継した。

4  本件甲及び乙賃貸借契約(以下本件各賃貸借契約という)は左記の経緯により成立したものであって、いずれも一時使用を目的とするものである。

(一) 原告は原告所有の一棟二戸割長屋(以下本件旧建物という)のうちの一戸を昭和三八年一二月一二日、訴外株式会社斉藤円治商店(以下訴外商店という)に対し賃料一か月一万八〇〇〇円で、他の一戸を同三九年三月一九日、訴外セントラルコンベアー株式会社(以下訴外会社という)に対し賃料同じく一か月一万八〇〇〇円でそれぞれ賃貸した。

そして、訴外商店に賃貸した建物には同商店に勤務していた被告橋本が、訴外会社に賃貸した建物には同会社に勤務していた訴外関がそれぞれ居住するようになった。

(二) その後、本件旧建物の老朽化が進んだので、原告は右建物を解体する必要に迫られ、昭和四七年一一月ころ訴外商店、同会社に対し右建物の明渡を求め、双方から明渡に応ずるとの了承を得た。

その際、被告橋本及び訴外関(以下被告らという)が、暫くの間右建物の明渡の猶予するよう求めたので、原告は右建物の明渡を猶予する代りに、右建物の明渡猶予期間に相当する期間、被告らが本件(一)及び(二)建物(以下合わせて本件新建物という)に居住することを認め、被告らと本件各賃貸借契約を締結した。

(三) 本件各賃貸借契約の期間が実質上明渡猶予期間であることは次のとおり明らかである。

(1) 被告らはいずれも、従前居住していた本件旧建物の約一・五倍の坪数を有する本件新建物に移転しながら、その賃料は本件旧建物に対する賃料額のままとされたが、右賃料額は付近の賃料相場の三分の一の額である。

(2) 原告は本件各賃貸借契約を締結するにあたって、被告らに対し本件新建物の修繕費名目で各三〇万円宛支払ったが、右金員は実質的には立退料の一部前払い(残金は特約により明渡と引換えに支払われる)である。

(3) 本件新建物は本件各賃貸借契約締結のころ既に老朽化が進んでおり、原告は右契約終了後、右建物を解体してその跡地に原告の子供達の居住する建物を建築する計画を有していたが、被告らは原告の右考えを了解し、期間満了後の明渡を確約し、明渡のため資金等の準備を進めていた。

(四) 以上の事情によれば本件各賃貸借契約は一時使用を目的とするものであることは明らかである。

5  本件各賃貸借契約はいずれも昭和五一年三月三一日の経過により期間が満了して終了したが、被告両名は本件新建物の明渡拒絶の意思を明らかにしている。

6  よって、原告は期間満了による本件各賃貸借契約の終了を原因として、被告橋本に対し原告から一〇万八〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、本件(一)建物の明渡及び期間満了の日の翌日である昭和五一年四月一日から右明渡済みまで一か月一万八〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を、被告関に対し原告から一一万四〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、本件(二)建物の明渡及び期間満了の日の翌日である昭和五一年四月一日から右明渡済みまで一か月一万九〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4本文は否認する。

3  同4(一)は認める。

4  同4(二)は否認する。本件旧建物のうち、訴外会社が賃借していた建物については、昭和四五年ころ原告・訴外会社間の賃貸借契約は解約され、原告・訴外関間の賃貸借契約となったので、原告が訴外会社に対して右建物の明渡を求めたと主張する昭和四七年一一月ころには、右建物の賃借人は訴外会社ではなく、訴外関個人であった。被告らは昭和四七年秋ころ、原告から本件旧建物を解体してその跡地に建売住宅を建築するから本件新建物へ移転して欲しい旨懇請され、原告に協力する趣旨でやむなくこれを承諾し、本件各賃貸借契約を締結したのであるが、原告は被告らが本件旧建物を明渡すと、建売住宅は建築せず、車庫を建設して賃貸している。

5  同4(三)本文は否認する。

6  同4(三)(1)中、本件新建物の賃料が、本件旧建物の賃料と同額とされたことは認めるが、その余は否認する。賃料が同額とされたのは、本件旧建物からの立退が原告の懇請によるものであるからであり、新建物の賃料の方が高額であれば、被告らは旧建物からの立退を拒否していた。

7  同4(三)(2)中、支払われた修繕費が実質的には立退料の一部前払いであるとの点は否認するが、その余は認める。本件新建物は、被告らが入居する前は空屋のまま放置されていたので、建物内部を相当修繕しなければ入居できないことは明らかであった。そこで、原告と被告ら双方が立会って本件新建物の修繕費を見積もり、その見積額を原告が負担することになったが、原告は三〇万円以上の修繕費は出せないと言い始め、三〇万円の修繕費を被告らに交付したものであって、被告らはいずれも、入居前に三〇万円以上の費用を支出して建物内部の修繕をした。

8  同4(三)(3)は否認する。被告らは本件各賃貸借契約締結の際、原告から本件新建物はその隣りにある原告所有の「泉南アパート」と共に解体してその跡地にマンションを建築する計画なので、昭和五一年三月三一日には立退いてもらいたいと懇請された。そこで、被告らは原告の右マンション建築計画に協力することを了承し、賃貸借期間を三年五か月(明渡期日昭和五一年三月三一日)とする約定に合意したのであるが、その後、原告のいうマンション建築計画は実現予定時期すら不明確な具体性のないものであり、本件新建物と共に解体する予定と称する「泉南アパート」には現在でもなお新入居者を入れている状況であることが判明したので、被告らが右約定の期日に本件新建物を明渡すべき理由はない。

9  同4(四)は否認する。

10  同5中、本件賃貸借契約が期間満了により終了したとの点は争うが、その余は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の事実(本件各賃貸借契約の成立、その内容、被告関による本件(二)建物の賃借人たる地位の承継)は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各賃貸借契約が一時使用のそれであるか否かにつき検討する。

1(一)  原告が本件旧建物のうちの一戸を昭和三八年一二月一二日訴外商店に対し、他の一戸を同三九年三月一九日訴外会社に対し、それぞれ賃料一か月一万八〇〇〇円で賃貸したこと、訴外商店に賃貸した建物には同商店に勤務していた被告橋本が、訴外会社に賃貸した建物には同会社に勤務していた訴外関がそれぞれ居住するようになったこと、本件各賃貸借契約において、本件新建物の賃料は被告らがそれまで居住していた本件旧建物賃料と同額とされたこと、及び原告が本件各賃貸借契約締結にあたって被告らに対し本件新建物の修繕費名目で各三〇万円宛支払ったことは当事者間に争いがなく、また本件各賃貸借契約に「賃借人は期間満了と同時に建物を明渡し、賃貸人は右明渡と引換えに賃料の六か月分相当の立退料を賃借人に支払う」旨の特約があることは一で判示したとおり当事者間に争いなく、《証拠省略》によると、本件各賃貸借契約締結の際、原告は期間満了の日(昭和五一年三月三一日)までには被告らから本件新建物を明渡してもらえるものと考え、被告らも期間満了の日までには移転先を見つけて本件新建物を明渡すつもりでいたことが認められる。

しかし、原告主張の、本件旧建物は老朽化が進み解体する必要があったこと、昭和四七年一一月ころ訴外商店、同会社から右旧建物明渡の了承を得たこと、被告らが旧建物明渡猶予を求めたこと、新建物の賃料額は付近の賃料相場の三分の一であること、原告から被告ら各自に交付された修繕費名目の三〇万円は実質的には立退料の一部であること、本件新建物は本件各賃貸借契約締結のころ既に老朽化が進んでいたこと、原告は本件各賃貸借契約終了後本件新建物を解体してその跡地に原告の子供達の居住する建物を建築する計画を有しており、被告らは右計画を了解して期間満了後の明渡を確約したことの各事実はいずれも本件全証拠によるも認められない(《証拠判断省略》)。

(二)  他方、《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。

(1) 原告は昭和四七年五月ころ、被告らに対し本件旧建物は解体してその跡地に建売住宅を建築したいので、本件新建物へ移転してもらいたいと申し入れた。その当時の本件旧建物の賃貸借関係は、訴外関が居住している建物については、既に訴外関個人が賃借人となっており、被告橋本が居住している建物についても実質上の賃借人は被告橋本であり、原告は訴外商店に本件旧建物を賃貸した当初から、被告橋本以外に訴外商店の関係者には会ったこともなかった。また当時の本件旧建物の状態は、土台、柱、壁、屋根とも特に修理を必要とするような破損はなく、充分居住を継続しうる状態であり、同年三、四月ころには訴外関らの尽力により、下水管が導入され、下水道がないという不便さも解消されようとしていた。

(2) 被告らは同年七月ころ、原告の右申し入れに応じる決心をし、その旨原告に伝えた。そして、まず訴外関が当時空屋になっていた本件(二)建物に入居することになり、同年八月ころ五〇万一三〇〇円の費用を支出して同建物の修繕・改装をしたうえで、同建物に入居した。この時、原告と訴外関との間の賃貸借契約は、本件(一)建物の入居者が立退き、被告橋本が入居できるようになってから、同被告と同一条件で締結する旨合意された。

(3) 同年一一月一日、本件各賃貸借契約が締結されたが、その際原告は被告らに対し、本件新建物とその隣りにある「泉南アパート」を解体してその跡地にマンションを建築する計画なので昭和五一年三月三一日には本件新建物を明渡して欲しい、「泉南アパート」の方も全部立退いてもらうつもりであり、これから新入居者は入れない旨申し入れたので、被告らも原告の右マンション建築計画に協力することを了承し、賃貸借期間を契約締結日より三年五か月間とする約定に同意した。その後被告橋本は四三万四五〇八円の費用を支出して本件(一)建物の修繕・改装をした。

(4) 現在本件(一)建物には被告橋本夫婦、その子供一人、及び同被告の母親が居住しており、本件(二)建物には被告関とその子供二人が居住し、被告両名はいずれも居住を継続する必要性を有しているが、原告は本件新建物とその敷地の利用につき何ら具体的な計画は有しておらず、賃貸借期間を三年五か月間と決める際被告らに説明したマンション建築計画も当初からこれを実現する意思はなく、「泉南アパート」には右賃貸借契約の期間満了後も新入居者を入れている。また原告は本件旧建物の跡地は車庫として利用しており、被告らに説明したような建売住宅は建築していない。

2  本件各賃貸借契約が一時使用の為のものであるか否かは、賃貸借の目的、動機、その他諸般の事情からみて、賃貸借期間を三年五か月間に限定した理由が客観的かつ相当なものといえるか否かによると解される。そこで、1で認定した各事実を総合すると、まず、本件各賃貸借契約締結のころ、本件旧建物に対する訴外関及び訴外商店(実質上被告橋本)の賃借権は建物の朽廃その他の理由で消滅するおそれはなかったこと、被告らも下水管の導入に尽力するなど継続して本件旧建物に居住する意思を有していたことなどの事実から考えても、本件各賃貸借契約の前提として原告が被告らに申し入れ、かつ被告らが応じたのは、単なる本件旧建物の明渡、すなわち完全な賃貸借契約の解消ではなく、本件旧建物から本件新建物への移転、すなわち旧建物に対する賃貸借関係を実質上新建物に対する賃貸借関係として継続することであったと認められるので、三年五か月間の賃貸借期間をもって明渡猶予期間の趣旨で定めたものと解することはできない。次に賃貸借期間を三年五か月間に限定する旨合意した点については、前判示のとおり、被告らとしては原告に同期間満了までにマンションの建築計画を具体化する意図があるものと考えこれに協力する趣旨で原告の要求に応じたものであるところ原告には右マンション建築につき何ら具体的計画はもちろんその意思すらなく単なる期間限定のための方便に過ぎなかったと認められ、他に一時使用として期間を限定すべき必要性も相当な理由も見当たらない。

従って、当事者の右期間の定めに拘らず、本件各賃貸借契約を一時使用の為のものと認めることはできない。

三  結論

よって原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 渋川満 福田剛久)

〈以下省略〉

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